Renault 8 File

Renault8Gordiniを中心に、車の話題を綴ったサイトです。

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Gの称号 (2011.05.14)
G engine
 ゴルディーニであることを証明する“G”の称号をもったエンジン。
 初期化の大きな柱は、このエンジンのオーバーホールであった。そもそも初期化のきっかけはエンジン、ミッションからのオイル漏れがあったこと、特にエンジンでは1番プラグが常に濡れていて、キャブのスロー調整もできなかったこと等、エンジン内部の状態を危惧しなければならない症状が出ていたからであった。

 初期化前のエンジンの、動作と言う点では、7000rpmまで引っかかり無く回るし、異音も無ければある回転領域でトルク感が変動するわけでも無かったから、使い勝手でひどく我慢を強いられる訳ではなく、つまりだましながら乗れなくは無かったのである。
 ところが開けてみると、案の定以前に分解修理しなければならなかったほどの痕跡が認められ、それ以上に各部品を点検すると、幾つかの重要な部品が使用許容を超えてたりで、可也の手術をしたければならないことが判明したのである。
 調子よさそうにピュンピュン回るものだから、消耗部品の交換とバランスなどの調整で済むだろうと、たかをくくってたわけなのであるが、そうは問屋が卸してはくれなかったのである。

 旧車ゆえ当然新品部品は無いから、リプロ品を使うべきか、中古部品を探すか迷い、ある部品はたまたまあるコレクターの元にあった部品を譲って頂ける事になったり。またある部品はデッドストック部品を探して入れてもらったり。またある部品は、精度が許容範囲を超えているため、時間を掛けた加工が必要であったりと、何度か目の前が暗くなる、大変な作業になってしまった。

 幸いメカニックの方が、こまで数多くのGエンジンを手がけてこられた、ノウハウを持った方だったこともあって、このような状況においても、無事完成にまで持って来て頂くことができた。
 40年以上の時を刻んだ固体であるし、当時ではコンペにそのまま出せる程の高性能を謳った設計であるから、相応の使われ方をしたことは想像出来ることなのだが、旧車は例え調子がよく見えても、内側は大きな問題を抱えていることがあるもので、開けて見るまで本当のことはわからないものだと言うことを、十分知ることが出来たわけである。

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| Renault 8 | 18:52 | comments(0) | -
長い長いお休みでした (2011.05.05)
RENAULT 8 Gordini
 大変長いお休みでした。
 実は、その間R8は、エンジンに始まり、其の他もろもろの初期化整備という大手術を受けていたわけで、ようやくこの春に終了し今はこちらに戻ってきている。今後幾つかはここで紹介することもあるであろう。
 実車が手元に無かった訳であるから、これといった話題も無いわけで、このようにただただ長い休息というホッタラカシをしていた訳である。その間訪問下さった方々にここで深くお詫びを申し上げる次第である。
 とはいえ、戻ってきたは良いのだが、最近は構う時間が思うようにいかない始末。てなわけで、ここの更新は今まで以上に不定期となること間違いないであろうが、これからもゆっくりと由無し事を綴ってみたいと思う。

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| Renault 8 | 18:36 | comments(3) | -
突き刺さる感性 (2009.08.16)
暫くのご無沙汰であったが、また唐突に更新をしてみたいと思う。
さて、この写真のエンジンを持つ車は何であろうか。
魅力的なストレート6
エンジンはツインカムのストレート6である。
各カムのカバーが結構離れていることや、SUキャブ仕様であることから、結構な年代ものを物語っている。
また、是ほどまでにエンジンが丸々と見えることや、ダブルウィッシュボーンのアッパーアームが見える点、
そしてエンジンがフレームにしがみついていることから、結構なスポーツカーとも想像される。
実はこの車のエンジンレイアウトは、ミッドシップではなくフロントエンジンである。排気量は3.8か4.2L。

それにしてもこのエンジン、行き届いた整備もさることながら、大変美しい造形だと思う。
旧車であるから、当然電子制御は持っておらず、様々なマネジメントに必要なパイピングや配線は無い。
それゆえ大変すっきりとしている。
2本のカムカバーが存在感と力強さを象徴し、太いエグゾーストパイプが更にこれらを増長している。
現代のツインカムエンジンは効率アップと省スペースのためバルブ鋏角が狭くなっているから、
このように存在感ある造形にはなりえないだろう。

多分設計時には、然程美意識無く作られたと思われるのであるが、無機質なところに留まらず力強さや美しさをも表現している。
エンジンを見てこのような事を語る輩は、マニアックの偏りも甚だしく最近の車好きには大変少ないと思うのだが、
矢張り、エンジンは旧車好きにとっては如何しても見たくなるアイテムであって、
これが存在感があって美しい造形であれば、如何しても突き刺さってしまうものなのである。



さて、上記エンジンを持つ旧車とは是である。お分かりだろうか。
突き刺さる顔面
突き刺さりましたか?この写真も路面に突き刺さりそうになってますけれど。
当然、ボンネントを開けている状態です。

Jaguar XKE Sr1
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| 車つれづれ | 11:52 | comments(4) | -
抑揚の産物 (2009.07.04)
Lotus Europa

Lotus Europa
実は、私はこの車の後ろ斜めからの眺めが素敵だと思う。
コンパクトでありながら、フロントウインドがサイド三角窓に回り込む辺りや、
意外と厚いドアの上部から下部にかけて絞り込まれる辺りは、
ふくよかさを持った微妙なラインを持っているからである。

そういえばLotus車は結構抑揚富んだボディを持っている。
Elanもそうであるし、Eliteはその極みとすら思える。
そして夫々がさも狙った如くのような不自然さを持たないところに好感を持っている。
この時代のLotus車はどれも非常に小さい車であるにも拘らず、
相応の大きさと、優雅に見せる要因になっていると思うのである。


さて、スポーツカーから離れて、一般大衆車のボディ全体のシルエットを見るとき、
ヨーロッパ車は、セダンであれボディ前後が絞り込まれているデザインが多い。
一方、日本車は結構角ばっていて、丸い形を強調した車であっても、
良く見ると前後の絞込みが非常に少ないように思う。

これは、例えば日本の高級セダンでは、リアラゲッジにゴルフバッグを上手く収める必要があるためと聞いたこともある。
確かに角ばった方がスペース効率は高い、しかし斜めからの眺めは大変鈍重である。
では、ボディ前後が絞り込まれたデザインの欧州車がゴルフバッグを積めないかといわれるとそうでもなさそうである。

デザインは好き好きとはいえ、印象を与える重要なファクターである。
全体をみてバランスを考えた時に、かの地のデザインには余裕を感じるのであるが、
如何なものだろう。


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| 車つれづれ | 10:28 | comments(0) | -
ウインドシールドの傾き (2009.05.30)
また長い間ほったらかしにしてしまった。
R8Gは、思い出したようにエンジンはかけるものの、後はひたすら惰眠を与えてしまっているし、
Xanは、始めの頃こそエンジン掛からない病があったものの、落ち着いてからは至って快調で、
周りの期待に応えるかのごとき話題も無いものだから、
このページに書くべき話題も無く、次第にほったらかしになってしまったというのが正直なところである。
写真の方は定期的に更新しているのだから、書くことが億劫になったわけでは無いつもりではある。

とは言え、毎日何方かに訪問して頂いているし、はたまた場違いなコメントが入っていたりと、
これではいけないと思ってみたりするわけで、久しぶりに更新をしてみたいと思う。

てなわけで、何か話題は無いものかと、以前撮ったものを見ているとこのような写真が出てきた。
この辺りから、苦し紛れに引っ張ってみよう。
Alfa−Gulietta
さて、この車なんだかお分かりだろうか。写真は大きくトリミングしているが、車名をぎり入れてみた。
綴りを読めば、旧車が好きな方には、あれかなんて容易にわかるであろう。
そう、アルファロメオ、ジュリエッタである。テールランプ辺に垂直尾翼のようなフィンが立っているあれである。

50−60年代のアルファは、クーペのボディラインが美しい。
クーペであるから適度にフロントウインドシールドは傾き、リアのそれと呼応して全体で流線型を作り、
流れるような美しさを表現している。

一方R8Gのような実用的セダンは流線型なんて関係なく実用性重視でにキャビンを大きくしたいから
自ずとウインドシールドは、おっ立ちスタイルとなる。理想、憧れを表現しているクーペとは大違いである。

このシールドの角度であるが、現在ではクーペもセダンもそう大差は無いように思われる。
これは、車が大きくなって、セダンもスタイルを気にして色気付いたこともあろうが、安全性要因が大きいのではと思われる。

安全性はフロントシールドの付け根辺りはドアの付け根、キャビンの前壁とも同位置で、
車体を構成する枠組みで非常に重要な部分であって、堅牢性が求められる。
だからウインドシールドの付け根だけを独立して位置を決めるわけにはいかないはずである。

そして、今日標準のエアバッグや乗員が衝突の際にシールドに当らないことや乗員の逃げ場所の確保等を考慮すると
シールドの付け根は徐々に前方に追いやられ、そのため傾きも寝てくる訳である。
この辺り、セダンの色気付きと上手くリンクしたのかもしれない。

でもこれによって弊害もある。ドアが大きく重くなって乗降がし難くなったこと。
そしてウインドシールドの内側が非常に拭き難くなったことである。
内側を拭いていて、何度も顔がシールドに当たるものだから、拭いているのか汚しているのか、
一体どっちなのだろうと思うときがある。

やれやれ、随分と引っ張ることができた。次の更新は何時になるやら。
Renault−8Gordini
R8Gのウインド部。おっ立ちシールドである。取りあえず内側は大変拭き易い。これはこれでいいのだ。

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| 車つれづれ | 11:42 | comments(2) | -
蠢く虫たち (2009.03.01)
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ミジェット・スプライト・マーク?
3月の声を聞くと車好きはシーズン到来とばかりに活動を開始するし、小さなスポーツカーのことを“虫”などといったりするから、これらの輩は、まるで春になると動き出す虫と同じである。
このスプライト・マーク議名離ニ目は、まあ虫と呼ばれる車には入らないかもしれないが、十分小さくて、スポーツマインドたっぷりな車である。

 最近、ミニやフィアット500などが装いを新たにして登場しているから、2CVやキャトルもそのうち復活するのではなんて思ったりもする。カニ目君も出来るなら大きくデザイン変更せず、そして快適装備を潔く省いた仕様で出してはくれないだろうか。安く軽量で余分なものを省くことは、この手のスポーツカーのセオリーである。

 インドのタタがナノという安価な車を出して話題となった一方で、日本では車が売れない理由の一つに、乗って面白さが無いことが挙げられている。であればこのような安価なスポーツカーを出してはくれないものだろうか。但し単に安く、見せかけのデザインではなく、要所要所にはスポーツカーを分かっているというデザインをして欲しいものであるが。安価で若者への間口を広げ、乗って楽しい車を作れば、再び若者が戻ってきてくれることはないものであろうか。つまり原点への回帰である。そしてこれが自動車産業が盛り返すきっかけとなってくれないであろうか。

 世界が不況の底なし沼に陥ってしまっている昨今であるが、早く底を見つけ地に足を付けた復活を望みたいものである。これからは給与も下がり高価なものは買えない時代となりそうである。しかし産業を発展させないと復活はありえないし、国も存在できないと思われる。何もかもが高価な日本ではこれから世界標準に価格が落ち着くまで、大変苦しい時代となるが、自国製品を買ってもらわなければ、衰退するばかりである。今が頭の使い時ということではなかろうか。


 
| 車つれづれ | 18:53 | comments(2) | -
絵になったR8G (2009.02.22)
友人が描いてくれたR8G

絵を描くことを本職としている友人がゴルディーニを描いてくれた。
友人の絵は個展にお邪魔したりして何度か見ていて、雰囲気のある作品が欲しいと思っていた。
年賀状に、私の車を描いてなどと書いたこともあって、お頼みすることになったのである。

こちらから写真を送り、風景の一部になるようにとの注文で描いて頂いた。
背景がパリの街になっているし、ナンバーもフランス式になっているから、
いくら自分の車を描いてもらったと説明しても、100%信じてもらえないかもしれない。
でもよくみると、私のR8Gであることに間違いは無い。

濡れた路面をさり気無く走っている素敵な絵にしてくれた友人に感謝である。

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| Renault 8 | 14:25 | comments(0) | -
車のゆくえは (2009.02.07)
ロータス・エランのコックピット
昨年は、ガソリンが高騰したかと思えば、金融危機からの大きな不況波で輸出産業が大打撃を受け、有名企業が軒並み下方修正や赤字予測を出したり、雇用危機にまで発展してしまった。
景気を少しでも立て直すべく、製造業は売り上げを何とか上げようとコストダウンを図り、買いやすい商品を市場に投入していくことだろう。
車に関して言えば、環境配慮型の車がこれからの時世に適当と、割高感があったハイブリッド車が今後安くなって一層普及するに違いない。
そういえばアメリカでは、家庭で充電できる100%電気のスポーツカーを売り出したらしく好評だとか。価格は約1000万円と甚だ高価であるが、デザインはイギリス(ロータスに似てる気がしないでもない。)、電装部品は日本製でアメリカで組み立てるのだそうだ。
いずれにしても、これからは石油もどんどんなくなるから、必然と環境に優しい車に乗らないと、肩身が狭くなる世の中になっていくのであろう。
旧車も、近い将来乗ること自体が悪となるのかもしれない。そのときにいくら旧車が好だとか、旧車はマイノリティだといったところで仕方なく、時代と共に消えることになるだろう。
実は逆説的だが、不況となって、車に乗れなかったり、売れなくて台数が増えないということは、石油消費を抑制することに繋がると考えると、実はこれが一番環境に優しいはずである。但し、不況では生活は困るが。
如何に我々の生活が石油消費に依存し、そこから脱却できない社会になっていることか。
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| 車つれづれ | 12:25 | comments(0) | -
ハイ・ドロ・ドロ (2009.01.17)
XanV6のPRVエンジン
 XanV6のエンジンは、ルノー、プジョー、ボルボが共同開発したとされるエンジンである。なのでこの3社では広く使用されているし、プジョー傘下のシトロエンにも搭載されているという訳である。
 シトロエンでは他にXmや最近ではC6も基本的にこのエンジンではなかったかと思う。カバーが掛かっていることもあって見るからにでかいヘッドであるが、V6であるから当然もう一つヘッドがあるわけで、タイミングベルトカバーを見るとインテークの下に隠れている。インテークの下にヘッドがあるなんてプラグ交換もままならないわけで、道理で後ろ側バンクのそれはプラチナプラグで交換不要としているらしい。
 さて、写真手前のグリーンのボールがハイドロ車のアイデンティティたる窒素ガスの入ったスフェアである。ハイドロ機構からくる独特乗り心地で語られるシトロエンであるが、「雲上の乗り心地」なんて言われるから兎に角柔らかくてショックが全く伝わらないと思われている節がある。実は私も最初はそう思っていた。しかし実際乗ってみると低速ではゴツゴツ感もあるし、路面の継ぎ目ではある程度の突き上げもある。柔らかさのみで語れば以前に乗っていたキャトルの方が柔らかいと感じるところは多分にある。
 では何が独特なのか。ハイドロ独特の揺れはある。これは、船の揺れの様な前後がゆっくりと上下するピッチングである。でもこれが本質ではない。この機構は、例えば速度域、例えば乗車人数といった要因における乗り心地の変化が少ないことではないかと思う。これは常に高さを一定にすることと、窒素バネの動き始めが柔らかいことから来ていると思う。
 ハイドロ以外の車は、金属バネと油のアブソーバで乗り心地を味付けているが、ハイドロはバネとアブソーバを殆どこのスフェアの中の油と窒素ガスで行っている。スフェア中の圧縮された窒素ガスが柔らかいバネレートを出しつつも球体の中で圧縮されるため、その体積変化は押した量に対して非比例の変化となり可変バネレートと同様な動きとなって加重変化に対してぐっと硬くなる、所謂腰のあるバネの役割を行っているはずである。
 一方、ハイトコレクターによって車高は一定に保つように制御されるから、スフェア内の油面は変化し難く、それゆえに、沈み始めの体積変化が穏やかな位置に油面を調整すれば、自ずと動き始めが柔らかいサスペンションとなる。だから初期の変化がいつでも柔らかく感じられるのではないだろうか。
 また中を通る油は姿勢を保つこと以外に、スフェアなどの通路を流れる抵抗から、急激に油が流れることが抑制され、気体の速い体積変化と路面からの急激な突き上げを上手く緩衝するアブソーバとしても働いているのではないだろうか。だから路面の継ぎ目のような急なショックに対しては硬くなったように感じさせるのではないだろうか。
 最近の高性能車は、可変レートのバネに電子制御の減衰力可変アブソーバと、高度な技術で乗り心地と運動性能の両立を図っている。ここまで技術が進歩する以前にシトロエンが採用した球の中の油と窒素ガスの機構は、このような複雑な機能を単純にやってのけ、人間の感性といい塩梅に合致する結果を生み出しているのだと思う。
 このようなことを乗りながら考えてしまっている私は、ハイドロでドロドロになってしまったようだ。
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| Citroen Xantia | 21:30 | comments(0) | -
スポーツカー (2009.01.11)
Alpine A110
 スポーツカーとは何だろうかと時々考えてしまう。
 私にとってのスポーツカーは50〜60年代のスポーツカーと以前書いたことがある。それは、走ることのみを考えて設計され、これ以外の装備を悉く省いていること。特別なモディファイをせずに実践つまり競技に投入可能であったこと。そして実際に実践投入されて活躍したこと。に拘ったからである。
 現代の車ではこのようなことはありえない。なぜなら競技動力性能と市販動力性能とがかけ離れ、競技車両は一品物で高価な上に特別な能力を持った人でなければ操縦できないこと。安全性、環境性がこれらの間では両立しないこと。使う側にとっての快適装備が商品性に不可欠で競技と相容れないからである。
 そして市販車性能が格段に向上し、実用車スタイルのスパーカーが出来てスタイル上で分類が出来難いことがさらにややこしくしている。
 これらから、競技車両と市販車両とが両立していたのは60年代初めまでか一部ラリーカーでは70年初期頃までで、この頃までは比較的スポーツカーがはっきりしているのでないだろうか。
 またスポーツをどう捉えるかでも変わってくる。スポーツを「気晴らし」や「楽しみ」と捉えると、実用性つまり生活を引きずった車ではなくて、走って楽しいように設計された車と言えるし、一方「決められたルールの中で競うこと」と捉えれば、そのままサーキットに持ち込んでそこそこのタイムのでるスーパーカーから、ワンメイクレースを企画すれば市販車はなんだって使うことが出来るからこれに当てはまる。実に解釈の幅が変幻して曖昧である。
 結局この言葉は死語になりつつあるのではないだろうか。つまり使われなくなったそれではなくて、夫々個々人の憧れの中で息づきながらもその定義と意味がはっきりしなくなって死語化してきたのではないだろうか。もはや夫々の心の中に生きているそれでしかないのかも知れない。
 だが、こんなことを言っている間に、昨今の環境問題を鑑みれば、この方面から死語になることのほうがはやいかもしれない。

Body:NIKON F3
Lens:TAMRON Macro90mm/F2.8
Film:RDP

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| 車つれづれ | 20:07 | comments(0) | -